定年退職が近づくと定年後のキャリアについて、再雇用か、再就職か、あるいは起業するなど様々な選択肢が考えられます。今回は大手商社を早期退職し起業の道を選んだ方をご紹介します。
岩本正春さん(63)は57才で三井物産を退職し、2015年にSiddarmark合同会社を設立しました。
岩本さんは主に、ウェアラブル端末(リストバンド型、シャツ型)に実装するための、新繊維のカーボンナノチューブ(CNT)糸を使った「生体センサー」の開発や、それらを取り入れた新製品の企画をする技術コンサルタントや製造を仕事にしています。
この生体センサーは金属を使っていないので、シャツ型のウェアラブル端末は洗うことも可能です。また非金属にもかかわらず「心電・筋電・脳波」をリアルタイムで24時間365日計測できる「繊維製センサー」として特長があり、感度が良いため医療現場でも十分使用できるレベルにあるそうです。コロナ禍や高齢化が進む国でのデジタル遠隔医療、スポーツ選手の体調管理などにも大いに貢献できる技術・製品と言えます。
岩本さんは、三井物産時代にナノテクノロジーを取り扱う部署で働いていました。ナノテクノロジー業界が資金面や研究のアプローチの方法に課題があることに気づき、その状況を打破するために早期退職を選んだそうです。
退職後は、前職の経験・知識をいかして大学等で講演をしたり、本やイラストを描いたり、ベンチャー支援・経営コンサルの立場で企業の顧問をしていました。
退職して1年が過ぎる頃、「日本の中小企業が持つ世界トップレベルの合金技術と化学技術をもってすれば、世界一の新素材や製品をまだまだ生み出せる。もっと踏み込んだアクションを起こそう」と合同会社を設立しました。まず新繊維開発の企画に賛同してくれる技術者を集めようと、中小企業が集積する地域に赴き1社ずつ説明しました。
ただ、開発するための資金が少ない状況での開発計画に不安を感じつつ、成功報酬であることを条件に協力会社を募ったところ、快く受けてくれる企業が出てきました。
岩本さんは「団塊世代が持つ仕事への熱意はものすごい」と言います。それは面白いと思ったことを、趣味のようにとことんのめり込んで仕事をしていく姿勢だそうです。
その後、各企業の技術者の協力によって、製品化の根幹となるナノカーボンテクノロジーによる「新繊維」が完成しましたが、第三者からの評価が得られないまま1年が過ぎました。
そんな中、試作段階のセンサーが「急性毒性試験用生体センサー」として、国立医薬品食品衛生研究所の研究用に採用されることになりました。また米見本市で医療機器関係者の高評価を得て、脳波計測ソフトの共同開発の希望者が表れるなど、5年目でようやく状況が好転しました。
最後に岩本さんは「Imagine(想像すること)が大事。最初から無理と決めつけなければ、どんなことも実現できる。最初は2流でもいい」と笑顔でおっしゃっていました。大企業にも引けを取らない技術力のある中小企業と生み出した新繊維や製品が、デジタルヘルスケア業界、スポーツ業界、3Dゲーム、輸送機器の分野で普及することを期待したいと思います。
(銀座セカンドライフ株式会社 片桐実央)