大手時計メーカーでデザイナーとして長年勤務した小俣藤郎さん(66)は、63歳の時に退職して、時計の工房「JJ工房」を構えました。起業して、時計部品の削り出しから納品までを一貫して行っています。古民家を改装した工房で、元上司の方の好意で安く借りることができたそうです。旋盤やネジが並ぶ工房は、ものづくりへの想いを実現する小俣さんのお城そのものとも言えます。
もともと時計のデザインにこだわりがあった小俣さんは、一風変わった時計を制作しています。それは「自動演奏楽器つきの高級置き時計」です。心地よい音色を奏でるには高度な技術力が求められますが、小俣さんは前職の経験を生かして実現しています。
ものづくりで起業するシニアの方は、どちらかといえば少数派です。起業しても自社工場を持たないファブレス経営で、生産は他社工場に外注する人が多いでしょう。
私の知人で工房をお持ちの方に、植物の籐(とう)を使った籠バックを工房で作り、ギャラリーを併設している方がいらっしゃいます。このほか、世界の珍しい民族楽器を製作・修理する工房を立ち上げた方もいます。読者の中にも、自分の工房に憧れる方がいらっしゃることでしょう。
ものづくりで起業したい人は、公的支援制度である補助金をぜひ勉強しましょう。補助金は、国や地方自治体が起業家支援のために用意した制度で、個人事業主や法人が利用できます。融資と違い、返済しなくて良いお金です。補助金制度は多数ありますが、特に日本を支える製造業は補助金制度も手厚いです。
ものづくりには試作品開発やその改良、市場投入時とそれぞれ段階がありますが、その場面ごとに補助金が用意されています。例えば、ものづくりの試作品開発に必要な原材料や、市場投入時の広告宣伝費が補助対象となり、経費の3分の2や2分の1が、補助金として支給されます。
また特許や実用新案、意匠、商標などを出願する方には、知的財産を取得するための補助金もあります。日本だけでなく外国まで権利を出願すると莫大なお金がかかるため、こうした制度を活用すると助かります。
さらに設備投資のために機械装置や工具器具を購入する際や、IT化を進めるときも用途別に補助金があります。ものづくりで最も有名な補助金が、経済産業省による「ものづくり・商業・サービス補助金」でしょう。採択率は約4割です。興味がある方は、ぜひ調べてみてください。
小俣さんは、毎日が楽しいとおっしゃいます。「昔の職場では実現したいことがなかなかできず葛藤もありました。今は夢に近づいているとの手応えがあります」。ものづくりの醍醐味である、自分が作りたいもの、極めたいものに突き進む小俣さんは幸せそうでした。
事業を始める人へのアドバイスとして金銭的に冒険はせず、生活基盤を安定させることが大事だとおっしゃっていました。事業に集中し前向きに考えるためにも、不安要素を減らす工夫が大切ですね。(銀座セカンドライフ代表 片桐実央)